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2017年10月23日 (月)

2017年プチ旅 秋の陣 第2段⑦

何と2Kmルートは

 この見島の最高標高?小峠を越えるコースでした。

日差しがきつい中 

 ダラダラと続く登りは 日陰木陰がまったくなく

 ポツリ ポツリと 歌でも歌いながら・・・

峠の巡り番所

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ここから やっと下りですホッ!

フェリー発着場を通り過ぎ

「日本海海戦とロシア兵漂着地記念碑」

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日露戦争の日本海海戦で撃沈された

 ロシアの特務艦カムチャッカ号の乗組員56名が

 明治38年(1905年)5月28日に ここに上陸、

 その乗組員たちを村を挙げて救護したのだそうです

更に先へ行くと 欄干の「鬼ようず」

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更に先へ行くと

萩市指定史跡 宇津観音寺観音堂

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全国3か所といわれる正観音を祭っている観音堂の一つで

 「冥土への入り口」と呼ばれているんだと・・・

 ご本尊は かの弘法大師作となぁ!

見島の北の宇津港 (自販機もありません)

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見島の南側の木村港を経由して

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離島 見よ!この雲一つ無い深い青空・・・

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本土 上陸後 萩城跡

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県道32号を南下し

 「涙松跡」の碑

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 「萩城下から山口・防府へと通じる萩往還沿いにある碑。

 ここを過ぎると萩の町が見えなくなってしまうため、

 ここが城下を見ることができる最後の見納めの地でした。

 人々はここで松並木の間に見え隠れする萩を見返り、

 別れを惜しんで涙し、また帰った時には嬉し涙を流したということから、

 いつしか「涙松」と呼ばれるようになりました」とさ

幕末、吉田松陰が安政の大獄で江戸に送られる時に

 ここで読んだ一首

「かえらじと思いさだめし旅なれば、一入(ひとしお)ぬるる涙松かな」

 傍の路傍の道しるべ

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近くの 道の駅「萩往還」で遅い(夕食に近い)昼食

 ここの名物なんだと・・・

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後は ひたすら中国道 九州道を走って

 今回も 無事 帰宅す・・・

次回の旅はどこ行こう?・・・

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