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2016年7月18日 (月)

郷土史での先祖探し(その3)

④○○○家の歴史

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 全370頁 平成17年12月発行

1623年(寛永年間)から

 穂波郡の大庄屋(触)だったとある

<名字の由来>

「伊岐須村の高宮八幡宮(宇佐神宮の勧請)の

 信者 高岐何某(五十枝?)が

 豊臣秀吉が九州平定(1587年)の時

 笠木城落城(廃城)後に

 鞍手郡○○○谷(地名)に移住し

 ○○○氏を名乗る」とあるが

 地名の由来や改名理由は記されていないので

  信憑性は疑問

<家系図>

添付されている家系図(本家・分家)に

 関わりは発見できず

 稲築町史誌に出てくる

  ○○○善次とその父善内の名も見当たらず

結局 先祖探しは不発に終わるトホホッ・・・

インターネットで検索していたら

 鹿児島県奄美市の加計呂痲島に

 ○○○という地名があるようであり、 

 同市役所に地名の由来を尋ねてはいるが・・・

さて 本来は7月13日の

 飯塚山笠の「流れがき」を見物するつもりでいたが

 大雨豪雨で 九州道が通行止めだったので

 1日遅れの飯塚訪問となり、「流れがき」は見れず

図書館内の展示山笠

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表に出ると 子ども達の「ながれ」・・・

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駐車場内から見下ろすと

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すぐ傍の嘉穂劇場

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遅い昼食

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2016年7月16日 (土)

郷土史での先祖探し(その2)

③秋月史考(母の出生地)

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  全378頁 昭和26年10月初版発行

著者 田代政栄が 「まえがき」にて

 作成協力者の名前として

  小生の母方の祖父○○芳太郎を上げている

 尚 著者と芳太郎の妻(祖母)は 兄妹の関係であり

  著者は、小生の大おじになる

 又 「あとがき」記している田代政門は著者の長男で

  小生の「いとこちがい」に当たる

 流石にここまで 3時間程も読んでいると

  かなり頭がボーとしてきたのか 

  メモに「犬方翁筆記」「秋月夜語」

  「望春随筆」「筑陽記」と記しているが

  何だったのか?思い出せないトホホツ!

菩提寺の記事を発見しコピーを取る(¥10円)

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 末尾に「太閤よりの下され徳利今に在り」とある

  一度見てみたいと思う・・・

2016年7月15日 (金)

郷土史での先祖探し(その1)

福岡県飯塚市立図書館を訪ね

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 郷土史の閲覧をした

①稲築町史(父方の本籍地:稲築町大字漆生)  

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 上巻 全469頁

 下巻 全708頁

  共に 平成16年3月発行

②稲築町誌

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 全826頁 昭和48年3月発行

<解った事>

  ・地名の由来:

   3世紀初頭、三韓征伐を終えた神功皇后

    息子である応神天皇とともに都に帰る際、

    この漆生に寄った。

    慌てふためいた村人は

    座布団の用意も間に合わないので、

    獲れたばかりの稲を敷いて築いた座敷でもてなした

    という伝説かららしい  

  ・漆生古墳群があることから縄文時代以前から

    人が住んでいた。

  ・大宰府官道が通っていた

    (官道とは、古代律令制国家においては、

     中央と地方機関を結ぶために整備した道)

    「山上憶良が筑前守時代に、

     この地で詠んだ歌があり、

     石碑も建てられているんだと・・・

  ・宇佐神宮(大分)の荘園 → 大友氏が略奪 

  ・一時期 秋月家(筑前土着の豪族で、

    八丁峠を越えて進出)の支配下

    母は この秋月の地の出である・・・

  ・豊臣秀吉の九州統一後 黒田氏が統治

  ・漆生用水:現存する1618年灌漑用水工事を実施

  ・「漆生長政記」という記録書があるらしい

  ・漆生騒動という事件があり、

    庄屋だった○○○善次という人が書いた記録がある

   小生の高祖父母に○○○善六という名前があるが、

    関わりは不明のまま

    ○○○善六の子(長男)○○○平太郎(曾祖父母)が

     1861年生まれなので

    ○○○善六は1830年頃生まれだとすると 

    まだ江戸時代で庄屋制度が存在していたが・・・

因みに

 1889年(明治22年)七村が合併して 稲築村

 1941年(昭和16年)に稲築町となったんだそうな

2012年5月26日 (土)

先祖探しで古文書の存在を知る

先祖の地の歴史等をインターネットで調べていて

 古文書の存在を知った

江戸時代の筑前の地誌3部作

 ①筑前国続風土記 (ネット閲覧可能)

   黒田藩儒学者貝原益軒によって

   1688年(元禄元年)から15年をかけて編纂

   (あの平賀源内が生まれる25年前)

   当時の様子を伺い知ることが出来る

 ②筑前国続風土記附録

   黒田藩士・加藤一純が藩命で編纂に取りかかるが、

   病没し、記録助手として編纂にかかわっていた

   青柳種信が完成させた

 ③筑前国続風土記拾遺

   青柳種信が、筑前国続風土記附録」を

   補う為に著した

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2012年5月25日 (金)

先祖探しで古地図を見つける

先祖の地の歴史等をインターネットで調べていたら

 古地図を見つけた 

年代は不詳だが、父方の地

 (地図&写真&ファイルを削除20130720) 

 

  本籍地名が確認出来る

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2012年2月 9日 (木)

家紋と由来を調べる

私の家の家紋は、「三つ茶の実」である

    (地図&写真&ファイルを削除20130714)  

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2011年7月 3日 (日)

先祖探しは手間が掛かる

両親の先祖を現在入手出来る戸籍謄本のみで調べた

それぞれの役所に出向き、窓口の市民課で

(郵送での申請も可能だが自分で直接入手したかった)

戸籍謄本を理由と身分の証明を行ないながら申請

現在は法律上直系のみ請求出来るとのこと

又申請には印鑑が必要な場合もあった

 (地図&写真&ファイルを抹消20121111)

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好奇心のコレクション